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いのち(その6)一人について

 この論文の冒頭の一節を再掲示したい。

 「私が生きている今ここの世界は、その中の一片の塵にいたるまで、全て“いのち”からの贈りものである。」 

 このように、この世界は、まるごと私の“いのち”の中にあり、その主体である私は、同時に、生命そのものであり、“いのち”であり、仏である。従って、私の“いのち”の中に在るこの世界には、私と相対立するものは、何一つ存在しないのである。

 すなわち、私は、無上のもの、(つれ)なきものであり、無比のもの、比肩する者なきものである。このため、私は、一人・・(いちにん)と呼ばれる。
 また、見方を変えれば、この世界は、まるごとこの私であり、また、この私は、そのままこの世界である、と云うことである。

 これが、周知の「天上天下唯我独尊」であり、生命のもつ限りない尊厳を示している。また、これが、主体の側面から見た仏の世界であり、“いのち”の世界である。また、そこは、大いなる光明が顕わになることさえある、とも云われている一人(いちにん)の世界なのである。